大阪

露天神(お初天神)|曽根崎心中と恋人の聖地のパワースポット

これだけのスター神が主祭神としてお祀りされているのも珍しいですね。
いろんなご利益がいただけそうです。繁華街の商店街の中にあるので、ちょっと食事のついでに寄ってみるのがいいですね。

御祭神

 

少彦名大神(すくなひこなのおおかみ)

医学・薬学・病気平癒・商売繁盛・造酒・温泉・国土経営の守護神、高皇産霊大神の御子。<えびすの神>。

少名毘古那大神とも表記し、大國主大神(大己貴大神)と兄弟の誓いを交わし、ともに力を合わせ国土経営に努められた。また日本書紀では、医学・薬学の祖神にして病気平癒の神と記載されている。 このほか、一般にいわれる『恵比寿神・大黒神』の恵比寿神とはこの神のことで、商売繁盛の神とも崇敬されている。

 

大己貴大神(おおなむちノおおかみ)

国土経営・武運長久・病気平癒・結縁の守護神、素箋鳴命六世の御孫御別名、大國主大神(大国主のかみ)
天下を経営し病を癒する方法を定められたと伝えられている。勇猛にして武威盛んで、他方、結縁・病気平癒の御神徳も偉大、剛柔合わせ持つ大神である。大國さんとしても親しまれている。

 

天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)

皇室の大御祖神にして、御神徳は宏大無辺・光華明彩。上下等しく日神と崇めまつる。

伊耶那岐(いざなぎ)・伊耶那美(いざなみ)二神の御子で、須佐之男命(すさのおのみこと)の御姉君にあたる。記紀にも数多く登場する日本神話の主人公のひとり。伊勢の神宮(内宮)に祀られ、日本国全土の総氏神さまと尊崇されている。

 

豊受姫大神(とようけひめのおおかみ)

天下生民の食物を主宰し給う大神。伊勢の外宮に祀られる。
天照皇大神の御饌調進の神で、御神勅によって丹波国から現在の伊勢・山田の地に移し鎮め祀られる。 皇大神宮と等しく皇室の崇敬は殊に厚い。

 

菅原道真公(すがわらみちざねこう)

勉学・学問の神。平安初期の学者、政治家。

幼少の頃より頭脳明晰で、詩歌に優れ5歳で「美しや紅の色なる梅の花 あこが顔にもつけたくぞある」と詠じて周囲を驚かせた。
長じては学問だけでなく、朝廷の信任を得て政治家としても出世した。53歳で右大臣まで登りつめたが、無実の罪に問われ大宰府へ配流され、失意のうちに59歳で御他界された。
管公の没後、権力者の変死や天変地異が相次いだ。人々はこれを管公の怨霊によるものと恐れ、朝廷は各地に天満宮を創建し、管公に『天満大自在天神』の神号を贈り、国を挙げて祀るようになった。
(HPより抜粋)

 

御由緒

 

上古、大阪湾に浮かぶ小島の一つであった現在の地に、「住吉須牟地曽根ノ神」を祀り御鎮座されたと伝えられており、「難波八十島祭」(注1)旧跡の一社である。曽根崎(古くは曽根洲と呼ばれた)の地名は、この御神名によるとされている。
創建年代は定かではないが、「難波八十島祭」が文徳天皇の嘉祥3年(850年)にまで遡ることができ、6世紀の欽明天皇の頃には形が整っていたとされることから、当社の起源もその頃と推察できる。なお、承徳元年(1097年)に描かれた「浪華の古図」には、当社の所在が記されている。
南北朝期には「曽根洲」も漸次拡大し、地続きの「曽根崎」となった。この頃、北渡辺国分寺の住人・渡辺十郎源契(河原左大臣源融公十一世渡辺二郎源省の末)や渡辺二郎左衛門源薫ら一族が当地に移住し、田畑を拓き農事を始め、当社を鎮守の神とし曽根崎村を起こした。
以後、明治7年(1894年)の初代大阪駅、明治38年の阪急電鉄梅田駅の開業などとともに地域の発展に拍車がかかり、当社も大阪「キタ」の中心、梅田・曽根崎の総鎮守として崇敬を集めるに至っている。
(注1)古代難波において、王権のもとに執り行われた最も古い祭祀とされ、奈良時代には即位儀礼の一環として、即位の翌年に、天皇自ら難波の海辺に行幸し斎行されていたと考えられている。
(HPより抜粋)

ご利益

病気平癒、商売繁盛、縁結び、学業向上

 

御朱印

 

恋人の聖地

プロポーズにふさわしいスポットとして選定されているそうです。2021年8月現在で見ると 130箇所が全国で指定されていました。

観光庁も後援になっているくらいですから、ほんものですね。

 

お初と徳兵衛の物語(曽根崎心中)

曽根崎心中

(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

 

境内社

 

開運稲荷社(玉津稲荷)

明治42年「北の大火」によって近在各地に祀られていた四社の稲荷社が烏有に帰した。
翌明治43年に当社境内地に四社を合祀し御奉斎申し上げた。
古くは皮膚病の治癒を願って「鯰」の絵馬が多数掛けられ、お百度を踏む人々で混みあうほどだったと伝えられている。
現社殿は一部修復工事を施したものの往時のままで、正面左右の扉を開放すると社殿内を一巡することができ、当時のお百度詣りの様子をうかがい知ることができる。
なお、明治42年の「北の大火」で焼け残った御神木でつくられた神號額が、その旨の裏書とともに伝わっている。

 

アクセス

住所 : 大阪府大阪市北区曽根崎2丁目5番4号
電話 : 06-6311-0895
大阪市営地下鉄谷町線 東梅田駅
大阪市営地下鉄御堂筋線・阪急電鉄・阪神電鉄 梅田駅
大阪市営地下鉄四ツ橋線 西梅田駅
JR 大阪駅
JR 東西線 北新地駅
より徒歩5~10分

地図

参詣の後にゆっくりと食事を

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