神奈川県 関東

関東三十六不動霊場3番 成田山 延命院 野毛山不動尊と中華屋さん

2021-08-03

成田山 延命院 野毛山不動尊

桜木町駅から野毛山動物園方面に向っていきますが、かなり大回りをしないと到着しませんでした。

最後の以下のような坂道を上っていくことになります。

上り詰めたところに、「横浜市民ギャラリー」の看板が見えます。左右どちらからでもいくことはできますが、右から行ったほうが近いと思います。

 

御本尊

~理源大師の不動尊~当院安置奉る御本尊は理源大師聖宝(しょうぼう)の制作。
徳川家累代の秘仏でありましたが、元禄年間(1688~1703)成田山中興開祖・照範上人が、徳川家より祈願を懇嘱された際に祈祷の本尊として賜り、

成田山の塔頭に観音院に安置されていました。

後続の詳細説明は全てホームページからの抜粋

*聖宝(しょうぼう、天長9年2月15日(832年3月21日) – 延喜9年7月6日(909年7月25日))は、平安時代前期の真言宗の僧。醍醐寺の開祖で、真言宗小野流の祖。また、後に当山派修験道の祖とされる。俗名は恒蔭王(つねかげおう)。光仁天皇の玄孫で、兵部大丞・葛声王(かどなおう)の子。諡号は理源大師。

(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

 

はじめは遙拝所

日米通商条約の締結により港が開かれまして、一漁村でありました横浜は全国各地から押し寄せる移住者を吸収して一躍国際港の街となりました。

これらの移住者の中には成田不動尊を信奉する東京や千葉の人々が非常に多く熱烈なる念願のもと、成田山大本山に願い出るに至り明治3年、遙拝所が設けられました。

遙拝所の本尊には成田山の観音院の不動明王像を遷座奉安しました。これが当院の開創でございます。

 

成田山延命院

その後信徒の増加、講社の設立、遙拝所では手狭となります。

独立した成田山教会所を求める声が上がり「高島易断」で名高い高島嘉右衛門より広大な敷地の寄進を受け、成田山教会所が設立されました。かくて明治10年、遙拝所から御本尊が移し奉り、明治26年、寺号を「成田山延命院」とし今日に至ります。

 

堂内は撮影禁止なので写真はありませんが、厳かな雰囲気でした。中で御朱印をお願いして出てから写真撮影です。

お堂のとなりには、ずらりと7福神さんがならんでいました。

 

住  所 : 神奈川県横浜市西区宮崎町30

電  話 : 045-231-4935

 

地図

 

延命院へ行く前にランチ

途中に有り、遠回りしなくて良くて評価の高いお店を探して、

餃子の翠葉(The Suiyo) 桜木町店にしました。

とにかくボリュームが半端ないです。2.5人前くらいのご飯の量のチャーハンが出てきました。

 

「餃子の店」と書かれているので餃子も注文しましたが、まぁ、普通な感じかな。。。。

チャーハンは美味しかったです。

 

 

参詣の後にゆっくりと食事を

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