こんな方におすすめ
- 参拝するために最小限の御由緒や特徴を知りたい
- ビジネスや恋愛でも勝者としてより充実した生活を送りたい
- せっかく参拝するのだから見ておくべきパワースポットや見どころを知りたい
- 集めている御朱印がどんなものか、奉納される絵馬もできれば知りたい
鹿島神宮に向かうツアーバスの車窓から水上鳥居が見えてきたことから鹿島神宮参拝はスタートした。
どんな神社で、お祀りされている神様(ご祭神)はどんな方でしょうか?
どのような神社でしょうか?
過去の武家の政権(源頼朝、徳川家康)からは武神として篤く崇敬されてきました。
全国に600社ある鹿島神社の総本社になります。
創建は、神武天皇元年(紀元前600年)とされており、歴史の長さにおいては格別です。明治までは「神宮」と呼ばれていたのは、「伊勢」「鹿島」「香取」の3社しかありませんでした。
参考
明治以降、天皇や皇室の祖先神を祭神とする神社の一部が、社号を「神社」から「神宮」に改めた。しかし、全て変更したのではなく、現時点では約25社が神宮の名称を社号としている。第二次世界大戦終戦までは、新たに「神宮」の社号を名乗るためには勅許が必要であった。
昭和20年いわゆる「神道指令」において、戦後は神社の国家管理は廃止されたため、「神宮」号を名乗る際に勅許は不要となった。しかし現在でもなお神社本庁傘下において、「神宮」を公式な社号として名乗る神社は特別の由緒を持つものに限られている。戦後、神社本庁に属する神社で「神宮」号を公式に称したのは、いずれも神社本庁の特別な承認を受けて改称した北海道神宮(旧札幌神社・北海道)、伊弉諾神宮(旧伊弉諾神社・兵庫県)、英彦山神宮(旧英彦山神社・福岡県)の3社のみである。
伊勢神宮(皇大神宮)の祭神天照大神を分霊し「大神宮」、「皇大神宮」と名乗る神社(東京大神宮、伊勢山皇大神宮、開成山大神宮など)は全国各地にあるが、「神宮」の社号とは異なる。
御祭神
武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ):国譲りでの活躍が有名
日本書紀=国譲り
高天原(たかまのはら、天上の国)を治める天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、大国主神(おおくにぬしのかみ)の治める
豊葦原瑞穂の国(とよあしはらみずほのくに、地上の国、現在の日本のこと)は孫の瓊々杵命(ににぎのみこと)が治めるべきと考えられ、
大国主神に国を譲渡するように要求しました。
諸々の神の意見で地上への使者として天穂日命(あまのほひのみこと)が派遣されましたが、
何の返事もなく3年が過ぎたため、2度目の使者として天稚彦(あめわかひこ)を派遣されました。
しかし大国主神の娘と結婚して国譲りの要求をされませんでした。
3度目の使者として武甕槌神 (たけみかづちのかみ)と経津主神(ふつぬしのかみ)を派遣し、
武甕槌神は出雲の国の五十田狭(いたきの)小汀(おはま、稲佐の浜:冒頭の写真が現在の稲佐の浜)に降り、
長い剣を波打ち際に逆さに立て、その刃先にあぐらをかいて大国主神と談判をされました。
大国主命とその子神の事代主神との交渉を経て、国譲りは成功します。
武甕槌神 (たけみかづちのかみ)はこの場面で大活躍するのです。
詳細は下の図を参照ください
御神徳(ご利益)は何でしょうか?
「勝つ」ことについては、日本で一番かもしれません。
勝負事に勝つ、ビジネスで勝つ、明日の商談で勝つ、恋愛の競争相手から幸せを勝ち取る、入学・入社・資格試験に勝つ
特に新しく物事を始めるときのパワーを与え行動力を発揮できるようになる
神社参拝のもう1つの楽しみ、いただける御朱印は?絵馬は?
鹿島神宮の本殿は、武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)の和魂をお祀りしていいて、奥宮は荒魂をお祀りしていることがわかります
さすが地元!「鹿島アントラーズ」の大絵馬が奉納されていました。
見落としてはいけない必須の開運パワースポット
奥宮
1605年徳川家康ににより本宮社殿として奉納されたものであるが、1619年二代将軍秀忠によって現在の本宮社殿が奉納されたことで、奥宮社殿として移転した。
当日は、令和の大改修の最中で奥宮も工事していました。
<令和の大改修スケジュール>
以下のスケジュールですので、お目当てのスポットがあれば工事中の時期は避ける方がよさそうです。
私も次回は、2026年にすべての工事が完了した状態での参拝を目指したいと考えているところです。
楼門
日本三大楼門(他は福岡の筥崎宮・楼門、熊本県の阿蘇神社・楼門)は、見逃せませんね。門の上の方にかかっていて、「鹿島神宮」と書かれているのは東郷平八郎の書だそうです。
日本三大楼門(肥後國一之宮・阿蘇神社、筑前國一之宮・筥崎宮)
高さ約13m
重要文化財に指定。
1634年、水戸徳川初代藩主の頼房卿により奉納
三代将軍家光公の病気平癒を頼房卿が大宮司則広に依頼し、家光公が快方に向かった為に奉納昭和40年代に檜皮葺の屋根を銅板葺に変更
鮮やかな朱塗りが目に眩しいくらいの素晴らしい造作です。
・楼門:「一階を楼造として軒・屋根を設けず、二階にだけ屋根を設けた二階建の門。三間一戸の規模が一般的」
・二重門:「一階にも軒・屋根を設けた二階建の門。五間三戸の規模が多く、大規模寺院の主要な門に用いられる」
<参照:文化財建造物保存技術協会資料>
要石(かなめいし)
鹿島の大神が座された御座石とも、古代の大神奉斎の磐座(いわくら:古神道における岩に対する信仰のこと。あるいは、信仰の対象となる岩そのもののこと。)とも伝えられる霊石であり、信仰↑は心の御柱的な中心・拠り所となる大変に貴重な場所であり、強力なパワースポット
御手洗池
清めるための池でした。常に綺麗な水をたたえて干ばつにも絶えることはありません。大人が入っても子供が入っても、水位の線が変わらない、という不思議な現象が起きるそうです
少し水の動きが悪いのか、濁りとゴミが目立つ感じでした。自然に近い状態のままにしてある、ということなのかもしれません。
神鹿(しんろく)
武甕槌大神のお使いであると言われています。768年藤原氏が氏神である鹿島神宮の御分霊を奈良にお迎えして春日大社を創建する際に、御分霊を神鹿の背に乗せて運んだ。
奈良の神鹿の起源です。奈良の鹿の起源とのことでしたので放し飼いにされているのかと思っていましたが、柵に囲まれたスペースで飼育されていて、有料で購入可能な鹿用のエサを自分であげることができるようになっています。お子さん連れならば喜んでくれると思います。
みたらし団子
御手洗池は、境内の一番奥にあります。そろそろ歩き疲れた丁度よい頃合いに茶店が登場。
「一休(ひとやすみ)」ここでは昼食も頂けますが、選択肢の1つは、「みたらし団子」。
みたらし団子発祥の地は京都下鴨神社門前の甘味処「加茂みたらし茶屋」ですが、こちらも御手洗池の側で売られている「みたらし団子」です。
カラフルな団子が印象的です。
住所や公共交通機関でのアクセス
住 所 茨城県鹿嶋市宮中 2306-1
電 話 0299-82-1209
交通通機関
高速バス 東京駅八重洲南口発 「かしま号」
JRを2時間半乗り継いでいく。。。。
電車・バスでいく方法はあります。鹿島神宮だけを単独で参拝するなら時刻表と照らし合わせて行くことになります。
ただし、私は、結局は東国3社巡りバスツアーに参加しました。東京方面から鹿島、香取、息栖各社を巡るために、電車利用は現実的ではない、と判断しました。
旅費もJR利用+場合によっては一部タクシー利用などを考えるとバスツアー参加が合理的です。
地図
まとめ
「東国三社」巡りの1社目は鹿島神宮でした。
高天原の使者として葦原中津国(=地上)に降り立ち、大国主命との国譲りを強力な交渉力で成立させた最高の武神です。
天皇家との関係も深いことから昔から「神宮」の名をいただいています。
ビジネスパーソンには絶対的に必要な「交渉力」を体現した神、この開運のパワスポットで少しでもその力を貸していただけると考えるだけで、ビジネスに自信が持てます。
参拝者は後を絶たず、当日も沢山の参拝者で境内は賑わっておりました。
人を引きつけ、最後には幸せを勝ち取る!!
長らく友達関係で過ごしてきた異性と何かのきっかけで急に親密な関係につながることがあると思います。
鹿島神宮はそんなきっかけを与えてくれる場所としては最高のロケーションです。
恋敵がいて、どうしてもこの恋の勝負に勝ちたい!!と考えている「あなた」鹿島神宮へ。
悩まれている方々が一歩関係を前に進めることができるなら大変うれしいことです。