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	<title>神話 &#8211; 開運スポットー神社・寺院＆御朱印ー</title>
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	<description>人生儀礼や御朱印収集における神社・寺院の参拝計画の入り口になる</description>
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	<title>神話 &#8211; 開運スポットー神社・寺院＆御朱印ー</title>
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		<title>蘇民将来とスサノオノミコト、茅の輪の逸話と茅の輪くぐり</title>
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		<dc:creator><![CDATA[Ken]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 14 Jun 2022 17:30:22 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[神社の基本]]></category>
		<category><![CDATA[神話]]></category>
		<category><![CDATA[厄除け開運除厄]]></category>
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					<description><![CDATA[冒頭の写真は、２０２ ... <p>Copyright &copy; 2026 <a href="https://kaiun-spot.com">開運スポットー神社・寺院＆御朱印ー</a> All Rights Reserved.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>冒頭の写真は、２０２１年夏越の祓え準備完了した、筑後の国、一の宮の高良大社さんの茅の輪です。</p>
<p>山道を延々と上り続けた（私は公共交通機関派なのでバスで最寄りの登山口まで行き、その後、徒歩で山道を登り続けて到着します。別途参拝記事をUpする予定です）</p>
<p>拝殿と逆の方向を見渡すと広がる視界に感動します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="freebox has-title " style="background:#43A047;border-color:#03A9F4;border-radius:0 5px 5px;"><p class="p-free" style="background:#03A9F4;border-color:#03A9F4;font-weight:bold;"><span class="p-entry-f" style="background:#03A9F4;color:#fff;font-weight:bold;border-radius: 0 0 5px 0;"><i class="st-fa  fa-question-circle faa-ring animated st-css-no" aria-hidden="true"></i>はてな</span></p><div class="free-inbox">
<p><span class="hutoaka">蘇民将来（そみんしょうらい）とスサノオノミコト</span>の話は、「蘇民将来」という名前にでくわすことがあり、なんだろう？と疑問に思っていました。</p>
<p>逸話の内容を読み込んで要約してみましたので、気になっていた方はご覧ください。</p>
<p>また、「茅の輪」との関係がスッキリ解けた気がしました。</p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>逸話について（蘇民将来とスサノオノミコトとの関係）</h3>
<div class="st-mybox  has-title st-mybox-class st-title-under" style="border-color:#f3f3f3;border-width:3px;border-radius:5px;margin: 25px 0 25px 0;"><p class="st-mybox-title" style="color:#727272;font-weight:bold;background: #ffffff;"><i class="st-fa fa-file-text-o st-css-no" aria-hidden="true"></i>逸話の出所</p><div class="st-in-mybox">
<p>『備後国風土記』（びんごのくにふどき）は、奈良時代初期に編纂された備後国の風土記。</p>
<p>鎌倉時代中期、卜部兼方（鎌倉時代中期から後期にかけての官人・神道家）によって記された『釈日本紀』に、「備後国風土記逸文」として「蘇民将来」の逸話が伝存している。</p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>昔、北の海におられた武塔神 (むとうのかみ) と称される神が、南の海の神の娘のところへ行かれる途中で日が暮れてしまった。</p>
<p>そこに<span class="hutoaka">蘇民将来と巨旦将来 (こたんしょうらい) という二人の兄弟</span>がいた。</p>
<p>兄の蘇民将来はたいへん貧窮していが、弟の巨旦将来は富裕層で、家も蔵も百も持っていた。神は一夜の宿を弟の巨旦将来に頼まれたが、</p>
<p>弟は泊めることの費用を惜しんで断った。</p>
<p><span class="hutoaka">兄の蘇民将来のところで同様に泊まることを頼まれると、兄は快く迎えた。</span></p>
<p>しかし貧乏なので、貧しいながらも精一杯もてなして泊めた。</p>
<p>年を経て、八人の子を連れての帰り道、蘇民将来のところへ立ち寄られた。</p>
<p>「巨旦将来への報いと、一夜の恩を受けた蘇民将来のために何かしてやりたいが、お前の子や孫はいるか」と聞かれると、</p>
<p>蘇民将来は「私と娘と妻がいます」と答えた。</p>
<p>すると武塔神は<span class="hutoaka">「茅の輪 (ちのわ) を腰の上につけておきなさい」</span>と言われたので、そのとおりにした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ところがその夜のうちに、蘇民と妻子以外の、周りに住む人々がことごとく死に絶えほろぼされてしまった。</p>
<p>その時神は「私はスサノオノミコトである。今から後の世に疫病がはやれば、お前達は “ 蘇民将来の子孫 ” といって、茅の輪を腰につけなさい。</p>
<p>そうすれば疫病から免れるだろう」と言われた。</p>
<p>茅の輪も、最初は人々が腰につけるほどの小さなものでしたが、時代がたつにつれて大きくなり、これをくぐって罪やけがれを取り除くようになりました。</p>
<p>この逸話から<span class="hutoaka">「茅の輪 (ちのわ)」は疫病除け、悪災疫除け、身についてしまった厄を払うもの</span>として重要な役割を果たしてきました。</p>
<div class="st-mybox  has-title st-mybox-class st-title-under" style="background:#FAFAFA;border-color:#ff0000;border-width:0px;border-radius:5px;margin: 25px 0 25px 0;"><p class="st-mybox-title" style="color:#727272;font-weight:bold;text-shadow: #fff 3px 0px 0px, #fff 2.83487px 0.981584px 0px, #fff 2.35766px 1.85511px 0px, #fff 1.62091px 2.52441px 0px, #fff 0.705713px 2.91581px 0px, #fff -0.287171px 2.98622px 0px, #fff -1.24844px 2.72789px 0px, #fff -2.07227px 2.16926px 0px, #fff -2.66798px 1.37182px 0px, #fff -2.96998px 0.42336px 0px, #fff -2.94502px -0.571704px 0px, #fff -2.59586px -1.50383px 0px, #fff -1.96093px -2.27041px 0px, #fff -1.11013px -2.78704px 0px, #fff -0.137119px -2.99686px 0px, #fff 0.850987px -2.87677px 0px, #fff 1.74541px -2.43999px 0px, #fff 2.44769px -1.73459px 0px, #fff 2.88051px -0.838246px 0px;background: linear-gradient(0deg,#FAFAFA 0%,#FAFAFA 55%,rgba(0,0,0,0) 55%,rgba(0,0,0,0) 100%);"><i class="st-fa fa-file-text-o st-css-no" aria-hidden="true"></i>メモ</p><div class="st-in-mybox">
<p>ちょっとケチな弟が泊めてくれと頼んできた人を泊めなかっただけで（どんなヤツで何を考えているのか分からないのに、今でもそうそう泊めてくれる家庭はないように思います）</p>
<p>泊めなかったら、疫病にかかって死んでしまうんですよ。。。。</p>
<p>結構、残酷な話です。反対に考えるとそれほどまでに一般的に、非常に多くの人が疫病で亡くなり、助かった人の数が少なかった、という当時の目の前で起こる普通の状況だったのでしょうね。</p>
<p>他人を家に泊めるか否かの道徳観を問うている話ではなく、あくまでもスサノオノミコトのご神威の強烈さを伝える意味のものと、サラッと読み流しましょう。</p>
</div></div>
<h3>茅の輪くぐりはいつ行われるのか？</h3>
<p>正確には、まず、神事として、「大祓（おおはらえ））の神事が行われます。</p>
<p>大祓には、夏越の大祓(6月30日)と年越の大祓(12月31日)があります。</p>
<p>大祓は人が知らず知らずのうちに犯した罪や過ち、心身の穢れを祓い清めるものです。</p>
<p>罪穢れを人形(人を形どった人形)に移して「大祓詞」を唱え、新たな気持ちで過ごすことができるように祈る神事です。</p>
<p>人形（ひとがた）の神が置かれていますので、自分の身体をこすり、息を吹きかける、ということをおこないます。</p>
<p>この神事の際に、茅の輪くぐりが実施されるのが神事としての茅の輪くぐりになります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一般の参拝者が神社に設置してある茅の輪をくぐることはいつでもできます。（もちろん神社さんでくぐれる茅の輪を準備していただいた以降です）</p>
<p>どこでもあるという訳ではありませんが、みかけましたらぜひ通り抜けてください。（６月、１２月に入って数日後に準備されていることが多いような気がします。</p>
<p>神社さんごとの作業の話なので正確でなくてすみません。６月ならば、6月２０日以降に行けば確実です。ただし、前述通り、設置されていない小規模の神社さんもあるので</p>
<p>それなりに大きな神社さんに行ってみてください）</p>
<p>お作法がありますが、茅の輪のところに大きく記載されています。左回り・右回り・左回りと、八の字を書くように三度くぐり、進みます。手順をみながらゆっくりと</p>
<p>やれば難しいことはありませんので穢れをお祓いください。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私も毎年、小さな茅の輪を求めて、玄関にかけています。２０２１年６月の鹿島神宮の数量限定の茅の輪です</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone" src="https://bn1303files.storage.live.com/y4mOaW0OL0472FZYKQjaEzACHNVaauf-PTv18EYjrQTjDltBJ9IFYOEt7nRP6ARvxIHyFviUH0ttB0R1IkCyfNRc5vvuHqP6SO6ocF4BQBX97JDDtOWRyPOIa1b7Pd3VRnWYExWRAy3vNubxYBiu8yMIXCD1mVYbNKG5XaDncbxEp6JC77MiR3gTc-AmOK7g3jC?width=660&amp;height=440&amp;cropmode=none" alt="鹿島神宮の小さな茅の輪" width="660" height="440" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Copyright &copy; 2026 <a href="https://kaiun-spot.com">開運スポットー神社・寺院＆御朱印ー</a> All Rights Reserved.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>スサノオノミコト｜２面性からくる疫病除けと縁結び・学問向上のご利益</title>
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		<dc:creator><![CDATA[Ken]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 12 Aug 2021 11:41:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[神社の基本]]></category>
		<category><![CDATA[神話]]></category>
		<category><![CDATA[厄除け開運除厄]]></category>
		<category><![CDATA[学業成就]]></category>
		<category><![CDATA[神社]]></category>
		<category><![CDATA[素戔嗚命]]></category>
		<category><![CDATA[縁結び]]></category>
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					<description><![CDATA[スサノオノミコト（素 ... <p>Copyright &copy; 2026 <a href="https://kaiun-spot.com">開運スポットー神社・寺院＆御朱印ー</a> All Rights Reserved.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2><span class="huto">スサノオノミコト（素戔嗚命）についてのまとめ</span></h2>
<p><span style="font-size: 130%;">神社を巡り、御朱印を拝受するようになって少し神社の「御祭神」って？</span></p>
<p><span style="font-size: 130%;">「ご利益とはどういうところから来ているの？」</span>などの疑問を持たれる方も多少はいらっしゃると思います。</p>
<p>私自身もそうでした。このブログでも基本的なことも幾つか投稿しております。</p>
<p>今回はタイトルと通り、ズバリ、<span class="huto">スサノオノミコト（素戔嗚命）についてのまとめ</span>です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>目的</h2>
<p>・神社の御祭神でスサノオノミコトがでてきたときにリンクして参照できるように概要をまとめます</p>
<p>・身近に感じられない恐ろしい面と、身近に感じ崇敬する面の二面性を持つところに惹かれます。二面性の観点での詳細化も行いたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>出生の話</h2>
<p>日本書紀では、添付している系図のように、</p>
<p>伊弉諾尊（いざなぎのみこと）と伊奘冉尊（いざなみのみこと）が、天照大神（あまてらすおおみかみ）を生み、この子は、国中を照らすように光を発した。</p>
<p>次に月の神、次に蛭児（ヒルコ）を生んだ。蛭児（ヒルコ）は三年経っても足が立たなかったため、船に乗せて、風のままに放流した。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>次に素戔嗚尊（すさのおのみこと）を生んだ。</p>
<p><span style="font-size: 150%;">素戔嗚尊（すさのおのみこと）は勇ましくて荒々しく、残忍なことも平気な方</span>でした。青々とした山を枯山にしてしまった。</p>
<p>一方では、常に泣きわめくこともあり、伊弉諾尊（いざなぎのみこと）と伊奘冉尊（いざなみのみこと）は、</p>
<p>「考えや行動が道理にはずれ、人の道にそむいた暴悪非道なふるまいをする。</p>
<p>だから天下を治めることができないので、遠い根の国に行くようにと言い追放した。</p>
<p><img decoding="async" class="" src="https://bn1303files.storage.live.com/y4mHghefswouR51SQzKB5g8R-XnYappm9XVqJ6JtVEQDgK4hLmmN59wBvJWEvjbubdYcM8tG1IojHf2tR3aqiGtz6BIU3-CAB31qd13b__-8WT9bZhqtJZLDYAgxM6G9WTSf4EjbBp60FfEOLn871jDtO_5rh1ljcsk0moJimlMSdttl_OoYMHb3SViklVkISdP?width=628&amp;height=482&amp;cropmode=none" width="957" height="734" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>２面性（暴挙）</h2>
<p>天照大神（あまてらすおおみかみ）は神田を作られていたましたが、素戔嗚尊（すさのおのみこと）は春は種を重ね播きし、あるいは田の畔（あぜ）を壊したりした。</p>
<p>秋には馬を放して、田の中を荒らさせてしまいました。</p>
<p>天照大神が新嘗祭（にいなめさい：新穀を神にお供えする祭事）を催行されているときに、こっそりとその部屋に糞をした。</p>
<p>稚日女尊（わかひるめのみこと）が機殿（はたどの）で、神衣を織られていた。</p>
<p>素戔嗚尊はそれを見て、馬の皮を剝いで、部屋の中に投げ入れた。</p>
<p>稚日女尊（わかひるめのみこと）は驚かれて機（はた）から落ちて、持っていた梭（ひ：機織りで、よこ糸を巻いた管を入れて、たて糸の中をくぐらせる、小さい舟形のもの。）で身体を傷つけられて死なれた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>天照大神は、このことによって怒られて、「天の岩屋」（あまのいわや）に入られて、磐戸（いわと）を閉じ、こもってしまわれる、という話に続きます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>大変な傍若無人ぶりにとうとう追放されることになります。そのときに八百万の神々から償いをさせられて長く伸びた髭（ひげ）や手足の爪を切られることになります。</p>
<p>この行為は古代においては、穢れを落とす禊祓（みそぎはらい）と同様の意味を持つものでした。</p>
<p>このことが契機となって清らかな身体・心をもつようになったと見ることができると思います。</p>
<p>この儀式を受けたあとの素戔嗚尊（すさのおのみこと）はこれまでとは全く違う行動になるからです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>２面性（英雄）</h2>
<p>素戔嗚尊は、天から出雲の国の、簸(ひ)の川のほとりにお降りになった。</p>
<p>すると、川のほとりで悲しみ泣いている声がした・・・・・・</p>
<p>有名な「八岐大蛇」の話につながります。すっかり善人になった素戔嗚尊は、奇稲田姫（くしなだひめ）を神聖な爪櫛（つまぐし）に変えて、自分の髪に差し、用意させた酒を八岐大蛇が</p>
<p>飲み、酔って眠ったので剣を抜き、その蛇を斬った。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>地上に降り立って大蛇を斬り殺したことで一躍正当なスターに大変貌を遂げることになります。</p>
<p>娘を助け、自分の妻として幸せな結婚生活を送ることになるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>結婚生活に良い場所を探し、出雲の須賀（すが）に着かれた。</p>
<p>そこで、</p>
<p>「ああ、私の心は清々しい」</p>
<p>と言われた。それでこの地を現在、「すが」と呼んでいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そしてそこに宮を建てたて、</p>
<p>そのとき、素戔嗚尊は、</p>
<p><strong>八雲立つ　出雲八重垣（やえがき）　妻籠（つまご）みに　八重垣作る　その八重垣を</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「重なり合うように雲が立ちのぼる　ここ出雲に立ち上るのは八重垣のような雲である。妻と生活を送る場所に、八重垣を作りましょう。そうです八重垣を。」</p>
<p>と歌った。</p>
<p>新婚の２人の新居を称える歌として民間で伝わってきたものと言われていますが、いつのまにか素戔嗚命の歌に変わり、</p>
<p>日本で最初の歌を詠んだのが素戔嗚命である、という伝承になりました。</p>
<p>この一連の流れから、<span class="hutoaka"><span style="font-size: 130%;">学問上達や縁結びの神</span></span>としての信仰が生まれ、初期の素戔嗚命とはまったく異なる性質の神へと変貌したのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>素戔嗚命の中でこの２面性が両立しているところが非常に興味深い部分です。この前段の粗暴とも言えるような強靭さがあってこその話が続きます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>八坂神社さんと素戔嗚命との関係はこの２面性を信仰の中で体現していると感じます。</p>
<p>八坂神社さんと言えば、祭礼の祇園祭です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="st-mybox  has-title st-mybox-class st-title-under" style="background:#FAFAFA;border-color:#ff0000;border-width:0px;border-radius:5px;margin: 25px 0 25px 0;"><p class="st-mybox-title" style="color:#727272;font-weight:bold;text-shadow: #fff 3px 0px 0px, #fff 2.83487px 0.981584px 0px, #fff 2.35766px 1.85511px 0px, #fff 1.62091px 2.52441px 0px, #fff 0.705713px 2.91581px 0px, #fff -0.287171px 2.98622px 0px, #fff -1.24844px 2.72789px 0px, #fff -2.07227px 2.16926px 0px, #fff -2.66798px 1.37182px 0px, #fff -2.96998px 0.42336px 0px, #fff -2.94502px -0.571704px 0px, #fff -2.59586px -1.50383px 0px, #fff -1.96093px -2.27041px 0px, #fff -1.11013px -2.78704px 0px, #fff -0.137119px -2.99686px 0px, #fff 0.850987px -2.87677px 0px, #fff 1.74541px -2.43999px 0px, #fff 2.44769px -1.73459px 0px, #fff 2.88051px -0.838246px 0px;background: linear-gradient(0deg,#FAFAFA 0%,#FAFAFA 55%,rgba(0,0,0,0) 55%,rgba(0,0,0,0) 100%);"><i class="st-fa fa-file-text-o st-css-no" aria-hidden="true"></i>メモ</p><div class="st-in-mybox">
<p>祇園祭は数々の三大祭の一つに挙げられる。</p>
<p>京都三大祭（他は上賀茂神社・下鴨神社の葵祭、平安神宮の時代祭）</p>
<p>日本三大祭（他は大阪の天神祭、東京の山王祭、神田祭）</p>
<p>日本三大曳山祭（他は岐阜県高山市の高山祭、埼玉県秩父市の秩父夜祭）</p>
<p>日本三大美祭（他は前述の高山祭と秩父夜祭）のうちの一つであり、日本を代表する祭りである。</p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<p><div><a href="https://kaiun-spot.com/sominshorai/" class="st-cardlink st-embed-cardlink"></p>
<div class="kanren st-cardbox">
<dl class="clearfix">
<dt class="st-card-img"><img decoding="async" src="https://bn1303files.storage.live.com/y4mt6lyDsKc2d7ZeBgYU3FPDxI87TjjZDt-YcWLPA6qu3-MIySv4JwLZZYSkzYR1n3Y8O0_boJ5KRuPYyEU5b_pM0RV-DH8g8AXgzw1HjBrjaJvx1xif0mB_f_rhdpVtKWFWeIdhTWkzw55Z_WAR5D5FRXtQHkGO1ChDS-KdlQ4dPHJrG-Lk_3XCU5M3yTCAHmU?width=660&#038;height=440&#038;cropmode=none" /></dt>
<dd>
<p class="st-cardbox-t">蘇民将来とスサノオノミコト、茅の輪の逸話と茅の輪くぐり</p>
<div class="st-card-excerpt smanone">
<p>冒頭の写真は、２０２ &#8230; </p>
</div>
</dd>
</dl>
</div>
<p></a></div>
</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ここでは、素戔嗚命は牛頭天王（ごずてんのう）として信仰されてきた。神様と仏様を一体とする神仏習合（しんぶつしゅうごう）の性質が強く現れている。</p>
<p>いずれにしても、<span class="hutoaka"><span style="font-size: 130%;">素戔嗚命＝牛頭天王は、強力なパワーの荒々しさで疫病を退散させるチカラをもつ疫病除けの神様</span></span>として崇拝されてきた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>旅行用品の準備は大丈夫でしょうか？</p>
<p>Google MAPを常にONにして場所を探しながら寺社を散策するような、歩き回る旅行に　<span class="hutoaka"><span style="font-size: 130%;">携帯のバッテリー</span></span>は、必須アイテムです。</p>
<p><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=2728591&amp;p_id=54&amp;pc_id=54&amp;pl_id=1220&amp;guid=ON" rel="nofollow"><img decoding="async" style="border: none;" src="//image.moshimo.com/af-img/0032/000000001220.gif" width="468" height="60" /></a><img decoding="async" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=2728591&amp;p_id=54&amp;pc_id=54&amp;pl_id=1220" width="1" height="1" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>京都での宿泊なら以下の実際に毎回宿泊しているホテルがオススメです。</p>
<p><div><a href="https://kaiun-spot.com/kyoto-hotel/" class="st-cardlink st-embed-cardlink"></p>
<div class="kanren st-cardbox">
<dl class="clearfix">
<dt class="st-card-img"><img decoding="async" src="https://bn1303files.storage.live.com/y4mI-TAGYXzHBzw0xQevXpSRdtN0qs-ZWzuBcgCn6fQ572C0TO_5e3WpwgL_RNw5rbNwXCPiiK398M1IPwMxn0BdKJvxEYllXzbTJdDQQVqjlnJA_DUosnyzUHYkwycO0FEKUeXFcbF0ZBcrZVHLjfjHAvSTKM975iA9BdXmiUQgQKPdayCxMb1mnL5EnGCQex2?width=660&#038;height=440&#038;cropmode=none" /></dt>
<dd>
<p class="st-cardbox-t">京都、実際に宿泊して良かったおすすめのホテル、泊まりたいホテル</p>
<div class="st-card-excerpt smanone">
<p>選択基準と志向 ・旅 &#8230;</p>
</div>
</dd>
</dl>
</div>
<p></a></div>
</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Copyright &copy; 2026 <a href="https://kaiun-spot.com">開運スポットー神社・寺院＆御朱印ー</a> All Rights Reserved.</p>]]></content:encoded>
					
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            	</item>
		<item>
		<title>猿田彦命｜選択に迷ったときに決断を導いてくれる神</title>
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		<dc:creator><![CDATA[Ken]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 27 Jun 2021 23:00:02 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[神社の基本]]></category>
		<category><![CDATA[神話]]></category>
		<category><![CDATA[交通安全]]></category>
		<category><![CDATA[健康長寿]]></category>
		<category><![CDATA[厄除け開運除厄]]></category>
		<category><![CDATA[商売繁盛]]></category>
		<category><![CDATA[縁結び]]></category>
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					<description><![CDATA[『日本書紀』では猿田 ...<p>Copyright &copy; 2026 <a href="https://kaiun-spot.com">開運スポットー神社・寺院＆御朱印ー</a> All Rights Reserved.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>『日本書紀』では猿田彦命（さるたひこのかみ）、『古事記』では猿田毘古神、猿田毘古大神、猿田毘古之男神 と表記<br />
<span class="rmarker">天孫降臨の際に、天照大御神に遣わされた邇邇芸命（ににぎのみこと）を道案内した国津神。</span></p>
<h3>古事記での表現</h3>
<p>邇邇芸（ににぎ）に命令を下して、「この豊葦原（とよあしはらの）水穂国（みずほのくに）は、あなたが統治すべき国であると委任します。だから、命じられたとおりに天降りなさい」<br />
と言った。<br />
邇邇芸（ににぎ）が、天降ろうとするときに、天からの途中の別れ道において、上は高天原（たかまのはら）を照らし、下は葦原中国（あしはらなかつくに）を照らしている神がいた。<br />
そこで、天照大御神（あまてらすおおみかみ）と高木神（たかぎ）は天宇受売神（あめのうずめのかみ）に対し、<br />
「あなたは女人であるが、向き合った神に対して、気おくれせずにらみ勝つことのできる神です。だから、あなたが行ってその神に向って、『天つ神（あまつかみ）の御子の天降りする道に、居座っているのは誰か』と尋ねなさい」と指示した。</p>
<p>天宇受売（あめのうずめ）が尋ねると、その神が答えた。<br />
「私は国つ神（くにつかみ）で、名は猿田毘古神（さるたびこのかみ）と申します。私がここに出てきましたのは、天つ神の御子が天降ってお出でになる、と聞きましたので、<span class="hutoaka">ご先導をしようと思って、お迎えに参っている次第です」と答えたのです。</span><br />
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br />
邇邇芸（ににぎ）が天宇受売（あめのうずめ）に言った。<br />
「安全に先導してくれた猿田毘古（さるたびこ）は、独りでこの神に対峙して、その正体を明らかにした、あなたがお送りしなさい。またその神の名前は、自分の名前とし、お仕えしなさい」<br />
こうして猿女君（さるめのきみ）たちは、その猿田毘古という男神の名を取って、男も女も「猿女君」と呼ばれるようになったのです。</p>
<p>さて、猿田毘古が阿耶訶（あざか：現在の松阪市の一部）におられるとき、漁をしていて貝に手をはさまれて、海に沈み溺れてしまいました。<br />
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br />
天宇受売は、猿田毘古をお送りして帰って来て、ただちに大小のあらゆる魚類を集めて、<br />
「おまえたちは、天つ神の御子にお仕えするのか」とたずねると、<br />
多くの魚が皆、「お仕えいたします」<br />
と言う中で、海鼠（なまこ）だけは何も申しませんでした。<br />
そこで天宇受売が海鼠に向かって、「この口はものを答えない口」と言って、小刀でその口を切ってしまいました。<br />
だから今でも海鼠の口は裂けているのです。</p>
<p>こういうわけで、代々、志摩（現在の三重県東部）から初物の魚介類を献上する時には、猿女君たちに分かち下されるのである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>日本書紀での表現</h3>
<p>本文ではなく、一書（あるふみ）＜第一＞</p>
<p>「天照大神（あまてらすおおみかみ）の御子が、今降ってお出でになると聞いています。それでお迎えのためにここで待っているのです。私の名は猿田彦大神（さるたひこのおおかみ）です」<br />
そこで天鈿女（あめのうずめ）がまた尋ねて、「お前が私を先導するのか、それとも私が先導するのか」<br />
猿田彦大神は答えた。「私が先導しよう」<br />
天鈿女また問う。<br />
「お前はどこへ行こうとするのか。皇孫はどこへお着きになるのか」<br />
猿田彦大神が答えた。<br />
<span class="hutoaka">「天つ神の御子は、筑紫の日向の高千穂の槵触峯（くじふるたけ）にお出でになるべきでしょう。私は伊勢の狭長田（さなだの）五十鈴（いすず）の川上に向かいます」</span>と答え、<br />
そして、<br />
「私の素性を露わにしたのはあなただから、あなたが私を送って欲しい」<br />
と言った。<br />
天細女あめのうずめは天に帰ってこれを報告した。<br />
すると皇孫は天磐座（あまのいわくら）発ち、天八重雲（あまのやえたなぐも）を押しわけて降り、勢いよく道を踏みわけて進み天降られた。<br />
そして、先の約束のように、皇孫を筑紫の日向の高千穂の槵触峯に降り立てられました。</p>
<p>猿田彦神は、伊勢の狭長田の五十鈴の川上に着き、<span class="hutoaka">天鈿女命は猿田彦神の要望に従って、送って行かれました</span>。</p>
<p>このように日本書紀では、猿田彦が天鈿女命（あめのうずめ）に自分を送り届けるように頼んだとなっています。そして猿田毘古神は故郷である伊勢国の五十鈴川の川上へ戻ることになりました。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone" src="https://bn1303files.storage.live.com/y4mgTPXSFpPXe8696068ncOqOYUBwoNniXXqx9fB1rb_9DCVTPuG_8WKQABdo3VB6IeZ2MtvY2zS6lqjbbif_hYFKpDXl6ra-KAB6AhyrkVWHl3B4D29NT1KkiXefT6ZDJ7KMQ7zqPTqSD6JZQHwc_CgypgiJsKb0VmJzkFEp_b2wOGXJuPQphpG5oR5X9QZshl?width=1680&amp;height=1120&amp;cropmode=none" alt="猿田彦神社　御朱印帳" width="1680" height="1120" /></p>
<h3>元々のサルタヒコとはどのようなところから出てきたのか</h3>
<p>伊勢地方と関係の深い神靈での太陽神として海人が祀る対象だった。<br />
古事記・日本書紀の記述からサルタヒコはもともと志摩地方に縁が深い神さまだと理解できます。ニニギ尊を先導した後、ニニギ尊に命じられた（もしくは、サルタヒコ自身が）アメノウズメに送られて伊勢国の狭長田の五十鈴川のほとりに帰り、その地にアメノウズメと結婚して住んだからです。アメノウズメはサルタヒコの名をとって猿女君を名乗り、猿女氏の遠祖となりました。</p>
<p>以上のようにサルタヒコは原始的な男性の太陽神として伊勢の海人が信仰していた神だったという説が有力なようですが、上記の『古事記』でも記載されていたように、サルタヒコは「上は高天原（たかまのはら）を照らし、下は葦原中国（あしはらなかつくに）を照らしている」と記されています。そこから太陽をイメージすることができます。</p>
<p><span class="huto">サルタヒコの神格</span><br />
導きの神、交通の神、伊勢の地主神</p>
<p><span class="huto">サルタヒコの御利益</span><br />
<span class="hutoaka">交通安全：天孫を導いたことから</span></p>
<p><span class="hutoaka">縁結び：アメノウズメと結婚することになったことから</span></p>
<p>延命長寿、厄除け、商売繁盛、殖産興業</p>
<p>&nbsp;</p>
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            	</item>
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		<title>和魂（にぎみたま）荒魂（あらみたま）幸魂（さきみたま）奇魂（くしみたま）</title>
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		<dc:creator><![CDATA[Ken]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 25 Jun 2021 05:09:52 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[神社の基本]]></category>
		<category><![CDATA[神話]]></category>
		<category><![CDATA[神社]]></category>
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					<description><![CDATA[四魂とは　＜和魂（に ...<p>Copyright &copy; 2026 <a href="https://kaiun-spot.com">開運スポットー神社・寺院＆御朱印ー</a> All Rights Reserved.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2>四魂とは　＜和魂（にぎみたま）荒魂（あらみたま）幸魂（さきみたま）奇魂（くしみたま）＞</h2>
<p>&nbsp;</p>
<p>神道における<span class="ymarker">神格観もしくは霊魂観に基づく信仰の表現のこと</span>で、<span class="ymarker">４つを合わせて「四魂」</span>とも呼ぶ</p>
<p><span class="hutoaka">和魂（にぎみたま）</span>は、神霊の穏和、親愛、調和に関しての豊かなはたらきを称した神格<br />
一般には神霊の主たる性格とされている</p>
<p>一方、<span class="hutoaka">荒魂（あらみたま）</span>は、建設的、進取的な勇猛、創設の面に対する神性（はたらき）を称した</p>
<p>また、神霊のとくに幸福、開拓の力を発揮する面を<span class="hutoaka">幸魂（さきみたま）</span></p>
<p>奇異奇妙なる面を<span class="hutoaka">奇魂（くしみたま）</span>と称している。</p>
<p>幸魂・奇魂は和魂の両面とも考えられ、あるいは、和魂・荒魂双方の両面であると解する説もある<br />
本居宣長、鈴木篤胤（あつたね）など神道家によって、神学の思想、修練に刺激を与え、種々の秘伝口伝を形成した。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone" src="https://bn1303files.storage.live.com/y4mrKd1fB2lIzLa4ni40KvifpULnAdZz19x-oAhcIqsa1QJGJGfzRJ5VUlYNcaXNXQnHaPDZn-Eqe7ziw1_n3vMy0taeU1tBMP4353ZO3gW-zHpabsxxV5jHcDdYM-hksh3oW1tYVg39oL_wrMmuxrZ0V7Ob0MG7hZ-SjTqfmjdRuQ7lcaVHNOBgCnGtiPUKZ_f?width=660&amp;height=432&amp;cropmode=none" alt="大神神社の和魂、荒魂説明のまとめ図" width="838" height="548" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>本居宣長が「古事記伝」巻三十の仲哀天皇の段で詳細に述べている。</p>
<p>「神の御霊（みたま）をこの２つに対言（むかえいう）は、ただ其徳用（はたらき）を云（いう）名にこそあれ、全体（すべて）の御霊（みたま）は御霊にして、必ずしも此の二つに分かれたる外、無きには非ず」</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>記紀の用例から例示してみる</h2>
<p>各魂の名称は記紀などによるもので、『日本書紀』の「神功皇后摂政前紀」には新羅征討の際に神功皇后に「和魂は王身（みついで）に服（したが）ひて寿命（みいのち）を守らむ。荒魂は先鋒（さき）として師船（みいくさのふね）を導かむ」という神託があったとある<sup id="cite_ref-Esoterica_1-2" class="reference"></sup>。</p>
<p>また、神代には、大国主命のもとに「吾（あ）は是汝（これいまし）が幸魂奇魂なり」という神が現れ、三輪山に祀られたとある<sup id="cite_ref-Esoterica_1-3" class="reference"></sup>。</p>
<p>『古事記』では、神宮皇后が、「墨江大神（すみのえのおおかみ）の荒御魂」を国守神（くにもりのかみ）として新羅に祀ったとある。<sup id="cite_ref-Esoterica_1-4" class="reference"></sup></p>
<p>だが、それらの記述には、神には四魂があるとはどこにも書いていない。ゆえに、それらは別個に活動することがあるとまではいえるが、四魂があるとは言えない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Copyright &copy; 2026 <a href="https://kaiun-spot.com">開運スポットー神社・寺院＆御朱印ー</a> All Rights Reserved.</p>]]></content:encoded>
					
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            	</item>
		<item>
		<title>最も身近な神様、稲荷神社とウカノミタマとはなにか？</title>
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		<dc:creator><![CDATA[Ken]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 24 Jun 2021 23:00:49 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[神社の基本]]></category>
		<category><![CDATA[神話]]></category>
		<category><![CDATA[商売繁盛]]></category>
		<category><![CDATA[家内安全]]></category>
		<category><![CDATA[金運上昇]]></category>
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					<description><![CDATA[ビジネスの世界と同じ ...<p>Copyright &copy; 2026 <a href="https://kaiun-spot.com">開運スポットー神社・寺院＆御朱印ー</a> All Rights Reserved.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span class="ymarker">ビジネスの世界と同じく、広い心と時流に敏感な感度が高いアンテナを持つものが長く・広く人々に受け入れられるんだなぁ、という話です。</span></p>
<div class="st-blackboard">
<p class="st-blackboard-title-box"><span class="st-blackboard-title">こんな方におすすめ</span></p>
<ul class="st-blackboard-list st-no-ck-off">
<li>お稲荷さんとは、神様のことなの？</li>
<li>ウチの近所にも稲荷神社さんあるけど、ほとんど気にしたことがないな。見かけることあるけど、なぜキツネがいるんだろう？</li>
<li>お稲荷さんは、そもそも神社なのお寺なの？</li>
<li>こんなにたくさん見かけるけど、ご利益はあるのかな？どんなご利益なんだろうか？</li>
</ul>
</div>
<h2>御祭神はどなたなのでしょうか？</h2>
<p><img decoding="async" class="alignnone" src="https://bn1303files.storage.live.com/y4mIRv17BvBJRoyjOmgqiMd1h9kSz5dqmWUtAAkkQ9WXSk9F1AFo1C2NzeUXMp35x9M9Ag1gFenc5C7mxRJt0oMAzemFWW17C10iGb1T_iyHaBd1UA3dwwiy07iKnZZXwXo6PyUtBUZG_6JnpsJ7Rc_gvkPfGeHjELAthzsf_bMKw3z_HSQ9f4jC6nnItRQiZqK?width=660&amp;height=495&amp;cropmode=none" alt="伏見稲荷の楼門" width="660" height="495" /></p>
<p>全国８万社くらいあると言われている神社の中で、総本宮・伏見稲荷大社をはじめとして<span class="rmarker">全国に３万社以上あるという稲荷神社</span>。御祭神はウカノミタマです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span class="ymarker">ウカノミタマは、『日本書紀』では倉稲魂命、『古事記』では宇迦之御魂命と表記</span>されています。</p>
<p>『日本書紀』では本文には登場しません。第五段　天照大神のご誕生の（国生み・神生み）の一書（あるふみ）＜第六＞の中で、伊弉諾尊（いざなぎのみこと）が「飢えたときにお生みになった御子」とだけ登場します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>稲荷神社とウカノミタマの結びつき。<span class="hutoaka">キーパーソンは空海</span>だった</h2>
<p>稲荷神は京都の渡来系の豪族秦氏が氏神として祀った農耕神。「稲」の字が入っているように（イネがなる＝いなり）元々は五穀（米、麦、粟、きび、豆）をつかさどる農耕の神。</p>
<p>８０６年に遣唐使で仏教の修行を終えて帰国、高野山開山などの大事業を成し遂げ、８２３年東寺を賜り、真言密教の道場として充実させるため講堂建立のための資材提供を伏見の稲荷山から受け、<span class="ymarker">秦氏との関係が密接</span>になっていった。仏教が庶民に広がっている中で一緒に稲荷神も浸透・拡大していった。<span class="hutoaka">現世利益（げんぜりやく：仏を信仰した結果、この世で仏の恵みを受け、望みがかなうこと）</span>の考え方も稲荷神のご神徳の中に組み込まれて、<span class="rmarker">庶民の願いに柔軟に対応できるご利益のカードを増やす</span>ことにつながった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>神社系と仏教系、キツネとの関係</h2>
<p>稲荷社は、神社系と仏教系に分けられる。神道系の総本宮は上述のように、伏見稲荷大社である。一方の仏教系は、真言密教のインド伝来の鬼神・吒枳尼天（だきにてん）を祀るもので、総本山は豊川稲荷です。吒枳尼天はまたの名を白晨狐菩薩（びゃくしんこぼさつ）と言い、キツネの精とされました。吒枳尼天（だきにてん）は、インドのダーキニーからきており、裸身で虚空を駆け<sup id="cite_ref-FOOTNOTE立川2008364_5-0" class="reference"></sup>、人肉を食べる魔女とされている。キツネは古来より、古墳や塚に巣穴を作り、時には屍体を食うことが知られていた。また人の死など未来を知り、これを告げると思われていた。これも両者が習合していく要素となったと思われる。</p>
<p>平安時代後期には、その霊がキツネであるとされ、これに福徳を願う信仰が生まれた。この信仰と田に神の使いをキツネとする農民の伝統的な信仰が融合したものを考えられている。</p>
<p>では、なぜ農民たちは、田の神の使いがキツネだと考えていたのでしょうか。古来より神道の原型として、山や岩など自然物に神様が宿ると考えていました。同様に田の神として存在していました。農作業が始まり、秋の収穫を迎えて農作業が終了する、というサイクルと農地にや周辺にキツネが見られるタイミングが重なっていました。春の終わり頃から姿を見せるキツネ、神の使いとして里にでてきているのです。そして収穫の終わること秋の終わりには山へと帰っていくのです。このサイクルがキツネは田の神のお使いであると思ったのです。</p>
<p>キツネそのものが神様ではありません。あくまでもお使いです。</p>
<p>俗に「キツネの好物」とされている油揚げ。故に稲荷神には、油揚げを供えることがあり、お稲荷さんにいくと袋にはいったままの油揚げがお供えとして置かれている場面をよく目にする。神社さんとしては、困ったものだとおもう。この手の話にはいろんな説があるのでこれが回答というももはないが、キツネの好物とされた由来の１つとして、昔話などではキツネの好物はネズミの油揚げとされていた。殺生を禁じた仏教の影響もあってかわりに豆腐の油揚げを供えたものという説もあるようです。</p>
<h2>稲荷神社の信仰拡大</h2>
<p>元々農耕従事者が多かった日本において、五穀の神様が信仰されやすい土壌にあったことは間違いない。中世から近世にかけて商業や工業の活動の広がりは、現世利益の考え方をベースに供えた稲荷神も同時に広がりをみせることにつながる。「小さな米粒から多くの実りを生み出す神威があるから、<span class="rmarker">金運・商売繁盛にご利益がある</span>」などと言われ庶民の望みに柔軟に対応してきている。ビジネスと同様に環境変化に合わせてその御利益の範囲を広げ、変化させてきている。</p>
<p>江戸の町には相当数の稲荷神社が存在したと思われる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>鳥居がたくさん並んでいる理由は？</h2>
<p>伏見稲荷大社でも有名で「千本鳥居」。小さなお稲荷さんでも１０−２０本くらいならんでいることも多い鳥居。</p>
<p>神社の彩色と同じ意味合いですが、鳥居の朱の色は魔除けや豊穣を表しています。鳥居は願いが「通る」に通じるものとされてきており、願いが「通った」お礼として鳥居が奉納されるようになりました。現在の伏見稲荷大社には１万基もの鳥居があると言われています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone" src="https://bn1303files.storage.live.com/y4mwPaxixcmZif9ezsvzG0nNpR3esqqJ6AEhARW3jxWlsbid4C3oZRuGAs4lJFBlAQlCF8dpOx59ydb67tYm5LhKjitTipZqL2XCtxv4vKA66AFeGpOsaEC86VLxTvt5y-I23Xcm2cUG_Hng3O8kJ9neY7wA6MR7L0wv7adG5kZWfSNTgn7GEUvNl4SGZYd7Zlh?width=495&amp;height=660&amp;cropmode=none" alt="伏見稲荷の大鳥居" width="495" height="660" /></p>
<h2>ご神徳は？</h2>
<p>五穀豊穣、殖産興業、商売繁盛、家内安全、<span class="rmarker">どんな願いも聞き入れていただけます</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Copyright &copy; 2026 <a href="https://kaiun-spot.com">開運スポットー神社・寺院＆御朱印ー</a> All Rights Reserved.</p>]]></content:encoded>
					
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            	</item>
		<item>
		<title>神話｜日本書紀　第九段＜本文＞ 国譲りと天孫降臨</title>
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		<dc:creator><![CDATA[Ken]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 20 Jun 2021 12:49:54 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[神社の基本]]></category>
		<category><![CDATA[神話]]></category>
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					<description><![CDATA[国譲りの交渉開始 高 ...<p>Copyright &copy; 2026 <a href="https://kaiun-spot.com">開運スポットー神社・寺院＆御朱印ー</a> All Rights Reserved.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="st-mybox  has-title st-mybox-class" style="background:#FFFDE7;border-color:#FFD54F;border-width:2px;border-radius:5px;margin: 25px 0 25px 0;"><p class="st-mybox-title" style="color:#FFD54F;font-weight:bold;text-shadow: #fff 3px 0px 0px, #fff 2.83487px 0.981584px 0px, #fff 2.35766px 1.85511px 0px, #fff 1.62091px 2.52441px 0px, #fff 0.705713px 2.91581px 0px, #fff -0.287171px 2.98622px 0px, #fff -1.24844px 2.72789px 0px, #fff -2.07227px 2.16926px 0px, #fff -2.66798px 1.37182px 0px, #fff -2.96998px 0.42336px 0px, #fff -2.94502px -0.571704px 0px, #fff -2.59586px -1.50383px 0px, #fff -1.96093px -2.27041px 0px, #fff -1.11013px -2.78704px 0px, #fff -0.137119px -2.99686px 0px, #fff 0.850987px -2.87677px 0px, #fff 1.74541px -2.43999px 0px, #fff 2.44769px -1.73459px 0px, #fff 2.88051px -0.838246px 0px;background: linear-gradient(0deg,#FFFDE7 0%,#FFFDE7 55%,rgba(0,0,0,0) 55%,rgba(0,0,0,0) 100%);"><i class="st-fa fa-check-circle st-css-no" aria-hidden="true"></i>ポイント</p><div class="st-in-mybox">
<p>神社巡りをしてこの「国譲りと天孫降臨」の神話について理解があれば、神社巡りが一層深い意味をもって、楽しめるようになると思われます。</p>
<p>簡単で構いませんので、ストーリーの概略と登場神様の名前を少し記憶に留めていただければ神社が興味深くなります。</p>
</div></div>
<h2>国譲りの交渉開始</h2>
<p>高天原(たかまのはら、天上の国)を治める<span class="oomozi">天照大御神(あまてらすおおみかみ)</span></p>
<p>は、<span class="oomozi">大国主神(おおくにぬしのかみ)</span>の治める豊葦原瑞穂の国(とよあしはらみずほのくに、地上の国、現在の日本のこと)は</p>
<p>孫の瓊々杵命（ににぎのみこと）が治めるべきと考えられ、<span class="hutoaka">大国主神に国を譲渡するように要求</span>しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>諸々の神の意見で地上への使者として<span class="hutoaka">天穂日命（あまのほひのみこと）</span>が派遣されましたが、</p>
<p>何の返事もなく3年が過ぎたため、2度目の使者として天稚彦（あめわかひこ）を派遣されました。</p>
<p>しかし大国主神の娘と結婚して国譲りの要求をされませんでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>3度目の使者として武甕槌神 (たけみかづちのかみ)と経津主神（ふつぬしのかみ）を派遣し、</p>
<p>武甕槌神は出雲の国の五十田狭（いたきの）小汀(おはま、<span class="hutoaka">稲佐の浜：冒頭の写真が現在の稲佐の浜</span>)に降り、</p>
<p>長い剣を波打ち際に逆さに立て、その刃先にあぐらをかいて大国主神と談判をされました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="st-editor-margin" style="margin-bottom: -20px;"><div class="st-minihukidashi-box " ><p class="st-minihukidashi" style="background:#FFC107;color:#fff;margin: 0 0 0 0;font-size:90%;font-weight:bold;border-radius:30px;"><span class="st-minihukidashi-arrow" style="border-top-color: #FFC107;"></span><span class="st-minihukidashi-flexbox"><i class="st-fa fa-file-text-o st-css-no" aria-hidden="true"></i>大国主神</span></p></div></div>
<div class="st-mybox " style="background:#FFFDE7;border-width:0px;border-radius:5px;margin: 25px 0;"><div class="st-in-mybox">自分の一存では何とも答えられない。出雲の美保の崎 (みほのさき)で釣りをしている息子の事代主神(ことしろぬしのかみ)が答えるのがよい</div></div>
<p>といわれ、<span class="rmarker">判断を子神（事代主神）に委ねました</span>。</p>
<div class="st-editor-margin" style="margin-bottom: -20px;"><div class="st-minihukidashi-box " ><p class="st-minihukidashi" style="background:#ef5350;color:#fff;margin: 0 0 0 0;font-size:90%;font-weight:bold;border-radius:30px;"><span class="st-minihukidashi-arrow" style="border-top-color: #ef5350;"></span><span class="st-minihukidashi-flexbox"><i class="st-fa fa-exclamation-circle st-css-no" aria-hidden="true"></i>ココに注意</span></p></div></div>
<div class="st-mybox " style="background:#ffebee;border-width:0px;border-radius:5px;margin: 25px 0;"><div class="st-in-mybox">自らが大切に育んできた国の譲渡という大事なことを何故子神に委ねるのか？</p>
<p>後継者として十分に力量ある神と父親として信じていたため息子の判断を信じようとしたのでしょうね</div></div>
<div class="st-editor-margin" style="margin-bottom: -20px;"><div class="st-minihukidashi-box " ><p class="st-minihukidashi" style="background:#3F51B5;color:#fff;margin: 0 0 0 0;font-size:90%;font-weight:bold;border-radius:30px;"><span class="st-minihukidashi-arrow" style="border-top-color: #3F51B5;"></span><span class="st-minihukidashi-flexbox"><i class="st-fa fa-hand-o-right st-css-no" aria-hidden="true"></i>ココがポイント</span></p></div></div>
<div class="st-mybox " style="background:#E8EAF6;border-width:0px;border-radius:5px;margin: 25px 0;"><div class="st-in-mybox">
<p><strong>美保の崎で釣りをしていた事代主神のもとへ、</strong>（のんびりと釣りをしているイメージ。これが釣りして魚を抱えているエビス様と習合して<span class="hutoaka">事代主神＝エビス神</span>、というイメージが定着）</div></div>
<p><strong>出雲より使者が乗った早船(はやふね、諸手船)が遣わされました。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>事代主神は、その使者に<span class="hutoaka">「今回の天つ神（あまつかみ）の言葉には、父上は抵抗しない方が良いでしよう。私も仰せに逆うことは致しません」</span>と即座に答えると、</p>
<p>天逆手(あめのむかえで、拍手、具体的な動作そのものは分かっていない)を拍ち、踏み傾けた船を青柴垣に変化させ、その中に身をお隠しになりました。</p>
<p>（注：青柴垣神事は現在も美保神社で、毎年４月７日に行われる神事）</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>＜「古事記」にはあるが「日本書紀」では記載がないエピソード＞</h3>
<p>事代主神の弟・建御名方神(たけみなかたのかみ)は国譲りに反対し建御雷神と力比べをしましたが敗れてしまい、建御雷神はふたたび大国主神に国譲りの意思を問います。</p>
<div class="st-editor-margin" style="margin-bottom: -20px;"><div class="st-minihukidashi-box " ><p class="st-minihukidashi" style="background:#FFC107;color:#fff;margin: 0 0 0 0;font-size:90%;font-weight:bold;border-radius:30px;"><span class="st-minihukidashi-arrow" style="border-top-color: #FFC107;"></span><span class="st-minihukidashi-flexbox"><i class="st-fa fa-file-text-o st-css-no" aria-hidden="true"></i>大国主神</span></p></div></div>
<div class="st-mybox " style="background:#FFFDE7;border-width:0px;border-radius:5px;margin: 25px 0;"><div class="st-in-mybox">私には何の異存もありません。ただひとつ、国を譲る代わりに私の住居として、大きく立派な御殿を建てていただきたい。自分の子供たちは、事代主神が率先して天つ神(あまつかみ)の子孫に仕えるのであれば、それに従わない者はいない。</div></div>
<p>と返答されました。</p>
<p>そこで建御雷神は望み通り出雲国に立派な御殿を建てました。(現在の出雲大社)</p>
<p>その後、天孫降臨・神武東征が成り現在の日本国家が成立していきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>＜「日本書紀」では以下のように記載＞</h3>
<p>「私（大国主神）が頼みとした子はもういません。だから私も身を引きましよう。」と言われた。</p>
<p>大国主神は国を平定したときに用いた広矛を渡し、</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="st-editor-margin" style="margin-bottom: -20px;"><div class="st-minihukidashi-box " ><p class="st-minihukidashi" style="background:#FFC107;color:#fff;margin: 0 0 0 0;font-size:90%;font-weight:bold;border-radius:30px;"><span class="st-minihukidashi-arrow" style="border-top-color: #FFC107;"></span><span class="st-minihukidashi-flexbox"><i class="st-fa fa-file-text-o st-css-no" aria-hidden="true"></i>大国主神</span></p></div></div>
<div class="st-mybox " style="background:#FFFDE7;border-width:0px;border-radius:5px;margin: 25px 0;"><div class="st-in-mybox">「私はこの矛で事を成し遂げました。天孫もこの矛を用いて国を治められたら、きっと平和な国になるでしょう。今から私は幽界（ゆうかい：死後の世界のこと）に参ります。</div></div>
<p>と言い、隠れてしまわれた。</p>
<p><img decoding="async" src="https://bn1303files.storage.live.com/y4mhFqAVy3nWXmq8vewbE-EQ45vMJkTVOpDzM5qiOsi5Mfhd4FSDVe5R4Ji4mO28L5b7vW21eEKfBS6hsBfRZzKdZkzHZBhHOOZG3K8cWvIIBVoy1v7YYud-j9UDdqquh9WkePX4Gl39-Q_aKqUZbe9q_-5eVpl1YAwvM6kNX_X-OcPQ0RurWd3FAxAY2X5yO0f?width=860&amp;height=622&amp;cropmode=none" width="860" height="622" /></p>
<h2>天孫降臨</h2>
<p>高皇産霊尊（たかみむすひのみこと）は、真床追衾（まとこおうふすま：玉座を覆う襖、布団）で、瓊璦杵尊（ににぎのみこと）を包んで降ろした。</p>
<p>皇孫（瓊璦杵尊）は日向の襲（ひむかのそ）の高千穂の峯（たかちほのみね）にお降りになった。</p>
<p>皇孫は更に進んで、槵日の二上（くしひのふたかみ）の天の梯子（あまのはしご）から、 浮島の平な所に立って、良い国を求めて、</p>
<p>吾田国（あたくに：南九州・阿多地域）の長屋の笠狭崎（かささのみさき）にお着きになった。</p>
<p>そこに人がいて、自らを事勝国勝長狭（ことかつくにかつながき）と名乗った。</p>
<p>（いろいろな場所がでてきますが、要するにドンドンと進んでいると人に会い）皇孫が、</p>
<p>「国があるのかどうか？」と尋ねると、その人は答えて、</p>
<p>「国があります。お気に召しましたら、どうぞゆっくりしてください」</p>
<p>と言う。それで皇孫はそこに止まられた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その国に<span class="hutoaka">木花開耶姫</span><span class="hutoaka">（このはなさくやひめ）</span>という美人がいた。</p>
<p>皇孫がこの美人に、「あなたは誰の娘ですか？」</p>
<p>と尋ねられた。</p>
<p>「私は天つ神（あまつかみ）が<span class="hutoaka">大山祇神（おおやまつみのかみ）</span>を娶とって生まされた子です」</p>
<p>と答えた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>皇孫と一夜だけ過ごすと妊娠したため、皇孫は偽りだろうと思い、</p>
<p>「たとえ天つ神であっても、どうして一夜の間に妊娠させることができようか。 お前が妊娠したのは我が子ではあるまい」</p>
<p>と言われた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>すると、姫は怒り恨んで、無戸室（出入り口のない小屋）を作り、その中に籠もって、誓約（せいやく）の言葉を述べ、</p>
<p>「この子が、もし天孫の子でないならば、きっと焼け滅びるでしょう。もし本当に天孫の子ならば、火も損なうことは出来ないでしょう」</p>
<p>と言い、そして火を付けて室を焼いた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>燃え上がった煙から生まれ出た子を、<span class="hutoaka">火闌降命（ほのすそりのみこと）</span>と名づけた。</p>
<p>これが隼人（はやと）の始祖である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>次に熱を避けてお出でになるときに生まれ出た子を、<span class="hutoaka">彦火火出見尊（ひこほほでみのみこと）</span>と名づけた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>次に生まれ出た子を、<span class="hutoaka">火明命（ほのあかりのみこと）</span>と名づけた。これが尾張連（おわりむらじ）の始祖である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>全部で三人の御子（みこ）である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>まとめ</h2>
<div style="padding: 1.5em 2em 2em 1.5em; border-width:3px;" class="st-square-checkbox">
<p>＜国譲り＞<br />
・高天原(たかまのはら、天上の国)を治める天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、大国主神(おおくにぬしのかみ)の治める豊葦原瑞穂の国(とよあしはらみずほのくに、地上の国、<br />
現在の日本のこと)は孫の瓊々杵命（ににぎのみこと）が治めるべきと考えられ、大国主神に国を譲渡するように要求<br />
・大国主神は、息子の事代主神に聞いてくれと言い、事代主神は、「今回の天つ神（あまつかみ）の言葉に従うと言って国譲りは成立</p>
<p>＜天孫降臨＞<br />
・高皇産霊尊（たかみむすひのみこと）は、瓊璦杵尊（ににぎのみこと）天上の国から地上の国に降ろした<br />
・木花開耶姫（このはなさくやひめ）という美人と出会ってしまって、子宝に恵まれることになった</p>

</div>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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            	</item>
		<item>
		<title>住吉三神について</title>
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		<dc:creator><![CDATA[Ken]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 20 Jun 2021 07:42:53 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[神社の基本]]></category>
		<category><![CDATA[神話]]></category>
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					<description><![CDATA[住吉三神の名称 『日 ...<p>Copyright &copy; 2026 <a href="https://kaiun-spot.com">開運スポットー神社・寺院＆御朱印ー</a> All Rights Reserved.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2>住吉三神の名称</h2>
<h3>『日本書紀』</h3>
<p>主に底筒男命（そこつつのおのみこと）・中筒男命（なかつつのおのみこと）・表筒男命（うわつつのおのみこと）</p>
<h3>『古事記』</h3>
<p>主に底筒之男神（そこつつのおのかみ）・中筒之男神（なかつつのおのかみ）・上筒之男神（うわつつのおのかみ）と表記される3神の総称</p>
<p>住吉大神ともいうが、この場合は住吉大社にともに祀られている息長帯姫命（神功皇后）を含めることがある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>『日本書紀』では、以下のような記載（途中飛ばして記載しています）</h3>
<div class="st-mybox  has-title st-mybox-class st-title-under st-title-border" style="border-color:#f3f3f3;border-width:3px;border-radius:5px;margin: 25px 0 25px 0;"><p class="st-mybox-title" style="color:#727272;font-weight:bold;background: #ffffff;border-bottom-color: #757575"><i class="st-fa fa-file-text-o st-css-no" aria-hidden="true"></i>メモ</p><div class="st-in-mybox">
<p>「日本書紀」天照大神のご誕生　第五段　一書（あるふみ）＜第六＞</p>
<p>伊弉諾尊（いざなぎのみこと）は伊奘冉尊（いざなみのみこと）を追いかけて、黄泉の国まで行きました。</p>
<p>しかし、「わが夫よ、来るのが遅すぎました。私はもう黄泉の国の食物を食べてしまいました。私の姿をみないでください」と言った。</p>

<p>伊弉諾尊いざなぎのみことは聞き入れず見ると、ウミが流れ、ウジが湧いている伊奘冉尊（いざなみのみこと）がいた。</p>
<p>伊弉諾尊（いざなぎのみことは）大いに驚き、</p>
<p>「酷く汚い国にやってきた」と言って、急いで逃げ帰った。</p>

<p>そのとき、伊奘冉尊（いざなみのみこと）が恨んで言った。</p>
<p>「どうして見るなという約束を守らず、私に恥をかかせたのですか」</p>
<p>女を遣わして追いかけさせた。</p>
<p>そこで伊弉諾尊（いざなぎのみこと）は、剣を抜き、後を振り払いながら逃げた。</p>
<p>あとから伊奘冉尊（いざなみのみこと）自身も追いかけてきた。</p>
<p>このとき、黄泉の国の境の、平坂（ひらさか）に着いた。</p>
<p>・・・・・・・・・・・・・・</p>
<p>「私、伊弉諾尊（いざなぎのみこと）はひどく汚い所に行ってきた。だから私の体の汚れたところを洗い流そう」筑紫（ちくし：九州）の日向（ひむか）の川の落ち口に行かれて、祓（みそぎ）払いをされた。</p>

<p>体の汚い所を濯（すす）ぐ際、伊弉諾尊（いざなぎのみこと）は、神を生んだ。</p>
<p>また水の底に潜って濯いだ。それによって生まれた神を、名づけて底津少童命（そこつわたつみのみこと）。次に<span class="hutoaka">底筒男命（そこつつおのみこと）</span></p>
<p>また潮の中に潜って濯いだ。それによって生まれた神を、名づけて中津少童命（なかつわたつみのみこと）という。次に<span class="hutoaka">中筒男命（なかつつおのみこと）</span></p>
<p>また潮の上に浮いて濯いだ。それによって生まれた神を、名づけて表津少童命（うわつつのおのみこと）という。次に<span class="hutoaka">表筒男命（うわつつのおのみこと）</span></p>
<p>全部で九柱の神がお出でになった。</p>

<p>その<span class="rmarker">底筒男命（そこつつおのみこと）、中筒男命（なかつつおのみこと）、表筒男命（うわつつおのみこと）は住吉大神（すみのえのおおかみ）</span>である。</p>
<p>・・・・・・・・・・・・</p>
<p>それからのち、左の眼を洗われると、お生まれになった神を天照大神（あまてらすおおみかみ）という。</p>
<p>また右の眼を洗われると、お生まれになった神を、名づけて月読尊（つくよみのみこと）という。</p>
<p>また鼻を洗われるとお生まれになった神を、名づけて素戔嗚尊（すさのおのみこと）という。</p>
<p>皆で三柱の神である。</p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>住友三神の地位向上</h2>
<p>宗像三女神と同様、地方の有力氏族の信奉する海の神から大和朝廷と結びつくことによって、その神威を発揮して国家の神と位置づけられて発展してきた。</p>
<p>特に漁業を産業の中心とするような地域で祀られていることが多く、漁業の神様として扱われることが多い。</p>
<p>大阪の住之江の津の守護神だったという説もある。この地域の有力氏族が勢力を伸ばし、大和政権に仕え、守護神として、港湾の管理、航海、外交などの役割を掌握して活躍したという話がある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>住吉三神と神功皇后との関係</h2>
<div class="st-mybox  has-title st-mybox-class st-title-under st-title-border" style="border-color:#f3f3f3;border-width:3px;border-radius:5px;margin: 25px 0 25px 0;"><p class="st-mybox-title" style="color:#727272;font-weight:bold;background: #ffffff;border-bottom-color: #757575"><i class="st-fa fa-file-text-o st-css-no" aria-hidden="true"></i>メモ</p><div class="st-in-mybox">
<p>「日本書紀」「第九巻：神功皇后」によれば、仲哀天皇の御代、熊襲、隼人など大和朝廷に反抗する部族が蜂起したとき、神功皇后が神がかりし、「貧しい熊襲の地よりも、金銀財宝に満ちた新羅を征討せよ。我ら三神を祀れば新羅も熊襲も平伏する」との神託を得た。</p>
<p>しかし仲哀天皇はこの神託に対して疑問を口にしたため、祟り殺されてしまう。</p>
<p>その後、再び同様の神託を得た神功皇后は、自ら兵を率いて新羅へ出航した。皇后は神々の力に導かれ、戦わずして新羅、高麗、百済の三韓を従わせたという。</p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>御神徳・ご利益</h2>
<p>基本の神格：海の神、航海の神、和歌の神、軍神</p>
<p>ご利益　：　陸上・海上・航空交通の守護、海運・貿易・造船などの業界守護など幅広い</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>住吉三神を祀る主な神社</h2>
<p>住吉三神を祀る神社は住吉神社などという社名で、日本全国に約600社ある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>三大住吉　三韓征伐に由来する神社</p>
<p>住吉大社（大阪市住吉区）・ 住吉神社（山口県下関市）・ 住吉神社（福岡市博多区）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>三大住吉以外の三韓征伐に由来する神社</p>
<p>住吉神社（長崎県壱岐市）・ 風浪宮（福岡県大川市）・ 本住吉神社（神戸市東灘区住吉宮町）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>三韓征伐に由来する神社から勧進された神社</p>
<p>服部住吉神社（大阪府豊中市）・ 住吉神社（兵庫県明石市魚住町）・ 住吉神社（兵庫県加西市北条町）・ 住吉神社（東京都中央区）・ 高良大社（福岡県久留米市）・ 安宅住吉神社（石川県小松市）・ 安住神社（栃木県塩谷郡）</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<item>
		<title>稲荷社に次いで全国２番目に広がる、八幡信仰と応神天皇</title>
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		<dc:creator><![CDATA[Ken]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 19 Jun 2021 08:20:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[神社の基本]]></category>
		<category><![CDATA[神話]]></category>
		<category><![CDATA[交通安全]]></category>
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		<category><![CDATA[商売繁盛]]></category>
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		<category><![CDATA[家内安全]]></category>
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					<description><![CDATA[&#160; 八幡信 ...<p>Copyright &copy; 2026 <a href="https://kaiun-spot.com">開運スポットー神社・寺院＆御朱印ー</a> All Rights Reserved.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kintou">
<div class="st-kaiwa-box kaiwaicon2 clearfix"><div class="st-kaiwa-face"><img decoding="async" src="http://kaiun-spot.com/wp-content/uploads/2021/06/初心者-300x300.jpg" width="60px"><div class="st-kaiwa-face-name">周囲を明るく照らす子</div></div><div class="st-kaiwa-area"><div class="st-kaiwa-hukidashi">八幡さま、近所でもよく見かけますがどうしてたくさんあるのでしょう？どなたをお祀りしていてご利益は？</div></div></div>
<div class="st-mybox  has-title st-mybox-class st-title-under st-title-border" style="background:#FAFAFA;border-color:#ff0000;border-width:0px;border-radius:5px;margin: 25px 0 25px 0;"><p class="st-mybox-title" style="color:#727272;font-weight:bold;text-shadow: #fff 3px 0px 0px, #fff 2.83487px 0.981584px 0px, #fff 2.35766px 1.85511px 0px, #fff 1.62091px 2.52441px 0px, #fff 0.705713px 2.91581px 0px, #fff -0.287171px 2.98622px 0px, #fff -1.24844px 2.72789px 0px, #fff -2.07227px 2.16926px 0px, #fff -2.66798px 1.37182px 0px, #fff -2.96998px 0.42336px 0px, #fff -2.94502px -0.571704px 0px, #fff -2.59586px -1.50383px 0px, #fff -1.96093px -2.27041px 0px, #fff -1.11013px -2.78704px 0px, #fff -0.137119px -2.99686px 0px, #fff 0.850987px -2.87677px 0px, #fff 1.74541px -2.43999px 0px, #fff 2.44769px -1.73459px 0px, #fff 2.88051px -0.838246px 0px;background: linear-gradient(0deg,#FAFAFA 0%,#FAFAFA 55%,rgba(0,0,0,0) 55%,rgba(0,0,0,0) 100%);border-bottom-color: #757575"><i class="st-fa fa-file-text-o st-css-no" aria-hidden="true"></i>メモ</p><div class="st-in-mybox">
<p>冒頭の写真は、八幡様の総本宮、大分県宇佐市の宇佐神宮楼門</p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>八幡信仰のはじまりはどのような経緯だったのか？</h2>
<p>八幡信仰の顕現（はっきり姿を現すこと）</p>
<p>今の大分県、御許山に八幡神とは関係のない聖地があり、ウサツヒメ（巫女）とウサツヒコ（氏上：うじのかみ）が祭祀を行っていた祭祀遺跡の名残にさかのぼることができそうです。（八幡神も応神天皇は何も関係ないです。）</p>
<p>このような土俗的な神々がいて仏教伝来の頃に集合して八幡神になったとも言われています。</p>
<div class="st-mybox  has-title st-mybox-class" style="background:#FFFDE7;border-color:#FFD54F;border-width:2px;border-radius:5px;margin: 25px 0 25px 0;"><p class="st-mybox-title" style="color:#FFD54F;font-weight:bold;text-shadow: #fff 3px 0px 0px, #fff 2.83487px 0.981584px 0px, #fff 2.35766px 1.85511px 0px, #fff 1.62091px 2.52441px 0px, #fff 0.705713px 2.91581px 0px, #fff -0.287171px 2.98622px 0px, #fff -1.24844px 2.72789px 0px, #fff -2.07227px 2.16926px 0px, #fff -2.66798px 1.37182px 0px, #fff -2.96998px 0.42336px 0px, #fff -2.94502px -0.571704px 0px, #fff -2.59586px -1.50383px 0px, #fff -1.96093px -2.27041px 0px, #fff -1.11013px -2.78704px 0px, #fff -0.137119px -2.99686px 0px, #fff 0.850987px -2.87677px 0px, #fff 1.74541px -2.43999px 0px, #fff 2.44769px -1.73459px 0px, #fff 2.88051px -0.838246px 0px;background: linear-gradient(0deg,#FFFDE7 0%,#FFFDE7 55%,rgba(0,0,0,0) 55%,rgba(0,0,0,0) 100%);"><i class="st-fa fa-check-circle st-css-no" aria-hidden="true"></i>ポイント</p><div class="st-in-mybox">
<p>よって、基本的な性格は水の神、日（火）の神、母子神の要素がありました。</p>
</div></div>
<p>「大神比義（おおがのひぎ）命」は八幡大神を初めて顕現（はっきり姿を現すこと）した人物で、奈良の三輪明神を祀る大神神社の社家の生まれとされる。</p>
<p>欽明２９年（５６８）に勅命を受け、宇佐に派遣された。</p>
<p>欽明３２年（５７１）八幡大神が笹の葉にのった３歳の童子として顕れ「<span class="rmarker">われは誉田天皇（＝応神天皇）広幡（ひろはた）八幡麻呂（まろ）なり」と告げた</span>。</p>
<p>これが豊前国（大分県）宇佐の八幡宮（宇佐神宮）の創祀であり、八幡信仰の発祥。（という説もあります）</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>応神天皇を中心として、どのような登場人物系図</h3>
<p>応神天皇は、ヤマトタケルの孫に当たり、神功皇后の御子でいらっしゃいます。</p>
<p><img decoding="async" src="https://bn1303files.storage.live.com/y4mZMukpHO0IbX_-vf5RQimNyY6LjhlizUygF4LRjLR_GirWpu09n3iTIqOH8JCDglHhSDIPwVnB2Q2U3X-x-_jSvogW2SgC4nUJn5D_yNR-nEfhcwEDpcKbNNqL5bfk4LQojvsuHgyvqsgZSBwQX2_Upb2GvGx_oMphIRzkQz1qvnaUn_S9WhI4fNzBSCBX2Lt?width=990&amp;height=558&amp;cropmode=none" width="990" height="558" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>古代の歴史と八幡神</h2>
<p>・<span class="hutoaka">八幡神は応神天皇の神霊とされたことから皇祖神としても位置づけられ、天照皇大神に次ぐ皇室の守護神</span>とされていた</p>
<p>・天平２０年（７４８）聖武天皇が東大寺を建立し、東大寺地主神として八幡神を勧請（神仏の分身・分霊を他の地に移して祭ること）</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>・神護景雲３年（７６９）宇佐八幡宮神託事件（うさはちまんぐうしんたくじけん）</h3>
<p>宇佐八幡宮より称徳天皇（孝謙天皇）に対して「道鏡が皇位に就くべし」との託宣を受けて、道鏡が天皇位を得ようとした。同年に称徳天皇が詔を発し、道鏡には皇位は継がせないと宣言したため、事件の決着がついた。この事件によって、八幡神が皇室の守護神であることを明確にした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・皇族の謎の死や天災が起こり、聖武天皇の祟と恐れて、天応元年（781）<span class="hutoaka">八幡神に「八幡大菩薩」の号が贈られ</span>、新たな信仰体制が確立することになった。</p>
<p>・宇佐神宮の神宮寺である弥勒寺から僧侶が修行をするために六郷山にやってきました。神を仏として仏を神とする神仏習合の国東六郷満山文化が華開きました。</p>
<p>・延暦２３年（８０４）仏教を求めて渡唐した最澄・空海が宇佐八幡宮に参拝。<span class="hutoaka">「神仏習合発祥地」と呼ばれるように宇佐宮</span>では仏教との関係が深まっていきます。</p>
<p>・源氏も清和源氏（第56代清和天皇の皇子・諸王を祖とする源氏氏族。清和天皇を守護していたのが八幡神だったという伝承から）になって以降、氏神として八幡神を崇敬。<span class="hutoaka">源頼義以降、東国への八幡信仰が広がった</span>。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="st-mybox  has-title st-mybox-class st-title-under st-title-border" style="border-color:#f3f3f3;border-width:3px;border-radius:5px;margin: 25px 0 25px 0;"><p class="st-mybox-title" style="color:#727272;font-weight:bold;background: #ffffff;border-bottom-color: #757575"><i class="st-fa fa-file-text-o st-css-no" aria-hidden="true"></i>メモ</p><div class="st-in-mybox">
<p>源頼義の八幡宮勧請</p>
<p>河内源氏の氏神である石清水八幡宮を勧請して、壷井八幡宮（大阪府羽曳野市）と鶴岡若宮（鶴岡八幡宮の前身）、大宮八幡宮（東京都杉並区）等を創建</p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>中世・近世の八幡信仰</h2>
<p>中世に入ると、大社・大寺はいずれも荘園を侵略され、衰えていく。こうした中での生き残りをかけて八幡信仰の根本聖典を著述して勢力の維持拡大を図った。</p>
<p><span class="huto"><span style="font-size: 120%;">「八幡宮巡拝記」</span>　</span>：　石清水・大隅正（おおすみしょう）八幡・宇佐八幡宮やその他の八幡宮の縁起や霊験を集めた説話集</p>
<p><span class="oomozi" style="font-size: 120%;">「八幡愚童訓（ぐどうくん）」</span></p>
<p><span class="oomozi" style="font-size: 120%;">（甲種）</span>：蒙古襲来のときに顕在化した八幡神の神徳を中心に、三韓征討した神功皇后の胎中の皇子応神天皇が、やがて八幡大菩薩となって国土を護ったことが書かれている</p>
<p><span class="oomozi" style="font-size: 120%;">（乙種）</span>：八幡信仰の教義を整理</p>
<p><span class="oomozi" style="font-size: 120%;">「八幡宇佐宮託宣集」</span>：八幡大菩薩が出生以来、その進行は託宣により生き続け、護国愛民に徹したことを記している</p>
<p>の４書が「八幡神道四部書」であり、八幡信仰の根本聖典になっている。</p>
<p>・源氏の氏神とされ、石清水八幡宮で元服した源義家は「八幡太郎」と名乗った</p>
<p>・鎌倉幕府を開いた源頼朝は、元は石清水八幡宮から分霊を勧請し、鶴岡八幡宮に遷座した</p>
<p>・天下を制した源氏が八幡神を信仰していることから、その威光にあやかりたい、と武家の間で広まり、八幡神は「弓矢の神」として武神的な性格を色濃くしながら<span class="hutoaka">各地に勧請され、全国に広がった。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>ご利益</h2>
<p>上述のように、武家に崇敬されており、<span class="hutoaka"><span style="font-size: 120%;">武道の神様</span></span>としての信仰が篤い。</p>
<p>その武道の力で敵を退けることから、<span class="hutoaka"><span style="font-size: 130%;">除厄、交通安全、家内安全、更には武士が階級社会での出世を目指したことから出世開運</span></span>などの利益がある</p>
<p>現在も、特に<span class="hutoaka"><span style="font-size: 130%;">厄除、家内安全、交通安全、安産、商売繁盛、学業成就、五穀豊穣、殖産興業</span></span>など、人々の苦難を救い、</p>
<p>あらゆる願いに応える多くの御神徳を備えた神さまとして仰がれ、全国で最も広く八幡宮・八幡神社としておまつりされています。</p>
<div class="st-kaiwa-box kaiwaicon3 clearfix"><div class="st-kaiwa-face"><img decoding="async" src="http://kaiun-spot.com/wp-content/uploads/2021/06/照らす子_うれしい-281x300.jpg" width="60px"><div class="st-kaiwa-face-name">周囲を明るく照らす子</div></div><div class="st-kaiwa-area"><div class="st-kaiwa-hukidashi">神様の守備範囲が広いってことですね。いろんなお願いをしたい方々が行きやすいですね</div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
</div>
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